last updated 1997/08/23
第100話(全130話)
ドラゴン!(2/3)
どんな奇抜な生き物や風景を目にしたときよりも、ピートの心は激しくうろたえていた。ま
ったく見知らぬ動物や風景なら、それはそれで冷静に受け止められたピートだった。わぁすご
いなぁ、わぁきれいだなぁ、と感激したり感心したりしながらも、それは新しい童話のページ
を開くようなもので、興奮はしても心の底から揺れ動いたりはしない。物語も二度目、三度目
と読み返すごとに愛情が湧き、その愛情がひとつの感動を魂の揺れへと昇華させて行く。同じ
ようにピートはドラゴンの存在に心を激しく揺れ動かしていた。何だか泣きたくなるくらい感
激していた。童話でおなじみの生き物。それは幼い時からピートのいちばんの親友だった。け
れど、それはあくまでも空想の中の親友だ。いまこの瞬間までは、それはピートの空想の中に
住む夢の国の王者だったのだ。ピートは潤む目でドラゴンをみつめてしまう。頭の形も尻尾の
尖り方も、翼の色さえ、それは空想の中と同じだった。自分はやっぱりすべての最初から夢を
見ていたのじゃないかと思ってしまう。夢だからこそ、こんなにも完璧なドラゴンを目にする
ことができるのだろう、と。
けれど、夢なんかじゃないことは、もうわかってる。
夢ならマリカを救うなんてことわざわざしなくても、フィンフィンが現れた時に一緒にマリ
カもダクトの中から顔を出していたはずだ。そのほうがご都合主義だし、夢というのは肝心な
所でいつもご都合主義に出来ているものだ。命の危険が迫りつつある、もう駄目だ、という瞬
間に限って都合良くパッと目が醒めたりする。
だからこれは夢じゃない。
夢じゃないのにドラゴンがいる。
その事実を自分に納得させるのにピートは時間がかかっているようだった。
ワーターが低くヴァルルと鳴いた。
ダクトは垂直方向に折れ上がっていた。ワーターにはとても昇れそうもない。
「まずぼくとフィンフィンが上まで昇るから、ワーターは待ってて。上に着いたらぼくのワイ
ヤーできみを引っ張り上げてあげるから」
ワーターへと言ったピートの言葉を、フィンフィンがテレパシーでワーターに伝えた。ワー
ターはうらめしそうにダクトの先を見上げてから、ブルルッと鳴いて、ピートにうなずいてみ
せた。
まずフィンフィンが狭苦しい中をチョコマカと歩き続けるのは、じつはかなりしんどかった
のだよ、と言わんばかりにダクトの上方へと舞い上がって行く。体を縦にして飛んだものだか
ら、背中に乗っていた赤ん坊ドラゴンが振り落とされそうになる。しばらく必死にしがみつい
ていたが、やっぱりドラゴンは振り落とされた。上から舞い落ちてくるドラゴンをピートは両
手を差し伸ばして受け止めようとした。けれど、ドラゴンは人間にはなついていないのか、そ
れともただ落ちて行くのは癪だと、ドラゴンの高潔な血がそうさせるのか、自力で翼をパタパ
タとさせ、ピートの腕に抱き留められるよりも前に上へと向けてUターンして行った。ヨチヨ
チとちいさいながらもドラゴンらしい力強さではばたこうとするその赤ん坊の姿に、ピートは
また涙ぐんでしまう。
ドラゴンが飛んでる!
童話など無関心な人から見れば、いつまでもいちいち感嘆符付きでわめくなよ、と呆れてし
まうだろう。けれどピートにしてみれば、ゆっぱりこれは「感嘆符付き」の出来事だった。
ピートの脳裏に、橋脚の巣から落ちたヒナツバメの姿が甦る。それはさながらデ・ジャ・ヴ
のように同じ映像として重なった。
やはりすべては計画されていたのかもしれない。
そう思える。
ヒナツバメの救出は、マリカ救出のための予行演習だったのかもしれない。
ピートは狭いダクトの中で手足をつっかえ棒代わりにしてよじ登りはじめる。体育はからき
し苦手で、どんなスポーツでも、みんなから除け者にされるピートだったのに、彼はいつの間
にか円筒の中を手足のふんばりだけで昇って行く、というような離れ業(ピートの実力からす
ればロボットの滑りやすい金属の体で行うそれはかなりのスタントだ)も躊躇しない少年に変
わっていた。もともと人より体力や運動神経が劣っていたわけじゃないのだろう。ただ「自分
には出来ない。ぼくはなにをやっても上手にはこなせない」と思い込んでいただけなのだろう
。そうやって自分に言い訳ばかりして、やってみようという前向きな気持ちを隅に追いやって
いた。難しいことに挑戦する喜びより、ぼくは結構です、と辞退する楽チンさを優先させ続け
てきただけだ。けれどいまは、何もしないで見学席に座っているのは嫌だった。出来ることな
ら、どんなことでもしたかった。出来ないことでも無理にやってみたい気持ちでいっぱいだっ
た。そうすることでしか帰る道をみつけられないのがわかっていた。
円筒の頂上まで登り切ると、再び水平なトンネルが続いていた。足場に充分な余裕があるの
を確認して、ピートはマスターの体内からワイヤーを引き出し、ワーターへと向けて繰り出し
はじめた。
(つづく)
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